コロナ危機と1人1台PCが問う日本の公教育の優位性と脆弱性
(Web加筆版)
馬居政幸(静岡大学名誉教授)
米津英郎(富士宮市立大富士小学校校長)
1.コロナ危機で顕在化した日本の公立学校の優位性と脆弱性
1)協働研究の始まりは静大学大学院修士課程(馬居研究室)への米津英郎の進学
米津英郎は2004年度の静岡県教委員会の教職大学院派遣により、現職教員として静岡大学大学院教育学研究科修士課程に進学し、修士論文執筆の指導を馬居に求めた。その要請に応え、ゼミに参加する院生と学部生とともに、「少子高齢・人口減少社会を支える子を育む社会科・生活科・総合的な学習の授業づくりの課題」をテーマに、米津との実践研究を開始した。
米津(授業者)を交えての馬居(研究者)とゼミ生(教職志望)との授業づくりの実践研究は、米津が修士課程を終えて小学校教員に復職後も継続した。その成果は日本生活科・総合的学習教育学会の全国大会において8度にわたる共同研究発表を行うことによって蓄積された¹⁾。
このようなゼミ生参加の実践研究(約10年)は馬居の静岡大学退職(2015年3月)で終了したが、馬居と米津は新たに望月重信(明治学院大学名誉教授)と西本裕輝(琉球大学教授)との共同研究の機会を得た。10年間の蓄積を基礎に、人口減少下の公教育再構築の課題をテーマにより広い視座からの調査研究が可能になり、成果の発表の場も教員の米津が参加可能な日本子ども社会学会ラウンドテーブルに移すことができた²⁾。米津の授業実践と馬居の実証研究の蓄積に対する望月の異なる視点からの考察と西本の高度な統計分析が可能になった。その結果、日本の公立学校の授業の質の高さ(優位性)強制された。
我々の公教育の優位性の実証研究は、一転して、コロナ禍による臨時休校の中長期(日常)化に伴う公立小中学校教育の脆弱性の顕在化を問う調査研究に転換せざるをえなかった³⁾。
2) 公立学校の優位性とは
米津と馬居ゼミの学生との10年にわたる授業づくりの過程で見出した優位性と位置付ける特性3種とその証左とみなす事象(破線枠内)にわけて整理しておきたい。
我々が優位性とする第1の特性は、世界で最も統一された「ナショナルカリキュラム(学習指導要領)」と均一化された教室規格によって、全ての子どもたちが無償検定教科書を用いて、共通とされる時空環境において教育される(均等化の虚構)ことである。⁴⁾
①時間と空間の定義の画一性(法制化)➡子どもたちの個別性を排除する装置
②勤勉・勤労➡勉強・仕事に専心すること自体が目的、その適否よりも無言の
遂行を評価
③学校の規則(校則)、教師の言葉、学級づくりへの同調・共有化(空気を読む
忖度力の育成)
第2の特性は、専門職資格(教育職員免許法、教職課程認定制度)、研修体制、授業研究の慣習と内規により、教員の力量向上と平準化の意欲と行為が日常的に進行することである。
①学校(授業づくりと校務分掌)と教育行政画一化と“政治的中立性”(法と服務
規程の詳細化)
②教科等単位に制度化された自治体単位の研修システムによる学校と教員の教育力の水準維持( “均質化”の持続可能性≒相互依存的信頼関係の拡大再生産システム)
第3の特性は、上記二つの特性を日々の学校教育の実践(授業づくり)のレベルで実現可能にする下記4種の社会的装置である。
①東西南北を四隅とする空間の対角線上に広がる国土による“四季と風土の多彩さ”(文化と慣習)
②巨大都市と小規模自治体の間にある“人生の選択肢の相違”(社会移動と社会的成功の多元化)
③生きる糧を得る職(1次産品、工業製品、多種多様なサービス)による“生活様式の多元性”
④これらの差異を超えて全国の学校・教室・授業の“均一化が可能とされる装置(システム)”
➡教師、教科書、教室、時間割の“法による統制=均等均質化の虚構(フィクション)の不可視化”
臨時休校中長期化と休校期間の自治体間や公私学校間の差異が、上記4種の優位性正当化の社会的装置の虚構性(Fictionality)を顕在化させた。その可視化の過程を4段階にわけて整序しておきたい。
第1段階は、時空環境均等化の社会的条件(構成者の日常性への信頼)の維持(学校にいく日常≒常識の自明性)をコロナ危機が相対化させること。
第2段階は、全国全ての学校・教員・授業を均質にする装置の優位性が、休校期間の不統一により、学習条件の差異を生じさせる脆弱性に転換すること。
第3段階は、休校長期化で休校時の教員の教育力差と家庭個々の教育力差の相乗効果で、子ども個々の学習過程の差異(格差?)が顕著になること。
第4段階は、均質と思われていた日本の学校教育システムが実質的に多様・多元化していたことに加えて、代替を期待されるオンライン学習の公立学校実施率の低さが、マスコミ情報により、自宅待機を強制された教員と保護者双方に視覚化されること⁵⁾。
2.授業モデルの対比によるリアルとオンラインの授業の特性と代替可能性⁶⁾
1)公立小学校での学級づくりを基礎にした教育と学習を活動で結ぶリアル授業モデル
(1) 授業力の高さがオンライン学習の壁?
上記考察に基づき、馬居と米津は望月重信と西本裕輝との共同により、公立学校の優位性と脆弱性の表裏関係の検証を目的に、90年代小学校低学年生活科設置期より培ってきた教員ネットワークを活用し、沖縄県、静岡県、秋田県の公立小中学校教員の協力を得て、オンラインでの学習を阻む要因の聞き取り調査を試みた。コロナ禍の臨時休校実施期間の調査であるため、電話による音声情報、zoomによる疑似対面情報、メールによる文字と添付資料や郵送による紙資料など、思いつく全ての方法を試みての調査になった。だがそれ故に、マスコミによって附与される二次情報とは異なる、学校と教師のリアルを読み取ることができる貴重な一次情報源のネットワークをつくることができた。ご協力いただいた先生方に改めて感謝の言葉を記させていただく。
その上でのことだが、上記方法によって取得した情報は、全て統計学上の検定対象にはなりえない。その意味で以下述べることは、二つの授業モデルも含めて、馬居と米津との授業づくりの実践研究の蓄積に基づいて読みとった判断(仮説の一つ)にすぎない。だが同時に、高度の統計
処理によって析出された数値のみによる判断もまた、調査対象の現場の無限のリアル(多義性)に差し込む仮説の一つと馬居は位置付けていることも記しておきたい。
上記条件を前提として、コロナ禍臨時休校時の聞き取り調査で得た情報の集積と分析の結果、「オンライン学習の公立学校実施率の低さ」の原因について馬居と米津は次の仮説を提示する。
2025年6月10日